最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)1088号 判決 1978年7月10日
上告人
大阪府
右代表者知事
黒田了一
右訴訟代理人
道工隆三
外三名
被上告人
杉山彬
右訴訟代理人
柏木博
外八一名
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫、同柳谷晏秀の上告理由について
一原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
(1) 被上告人は大阪弁護士会所属の弁護士であり、訴外友田但馬は大阪府警察本部警備部警備課(以下「警備課」という。)に所属する警察官である。
(2) 警備課及び枚岡警察署は、昭和四〇年四月二五日午前一〇時すぎころ、枚岡市し尿処理場設置反対運動に伴う威力業務妨害、水利妨害、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反事件の被疑者として、地元住民である訴外浜口嘉男、同竹中愛和、同山口重太郎を逮捕し、それぞれ布施警察署、寝屋川警察署、河内警察署に分散留置した。
(3) 警備課に所属する警察官訴外宮里長喜は、捜査主任官訴外高井岩太郎を補佐して右事件の捜査を指揮し(右事件の捜査本部は枚岡署に置かれた。)、内部的に弁護人又は弁護人となろうとする者と被疑者との接見の日時等を指定する権限を有していたのであるが、竹中が被上告人を弁護人に選任する旨申し出たので、接見の指定について被上告人と協議する意図のもとに、被上告人の執務する弁護士加藤充法律事務所に電話をかけたが通じなかつたため、更に同弁護士の自宅に電話し、同弁護士の妻に逮捕された竹中が被上告人を弁護人に選任すると申し出ている旨及び枚岡署にいる宮里に電話してもらいたい旨を被上告人に伝えてもらうことを依頼した。
(4) 被上告人は、加藤弁護士宅に電話をかけ、同弁護士の妻から逮捕された地元住民三名の氏名、留置先の警察署及び枚岡署の宮里に電話して欲しい旨の前記の伝言を聞いた。
(5) 被上告人は、同日午後三時三〇分ごろ宮里に電話をかけ、被逮捕者三名の氏名、留置先、罪名を確認し、宮里が「どこからまわられますか。」と尋ねたので、「とにかく布施署からまわらしていただきます。これから行かしてもらいますからよろしく御連絡願いたい。」と言つたところ、同人は「先生接見は結構ですが、指定書がないとあきまへんで。」と言つたことから、弁護人の被疑者接見について指定書持参要求の当否をめぐり、論争となつた。被上告人が「ぼくはきみの許可を得て接見するんではないですよ。」と述べたところ、宮里は「きみとはなんだ。お前いつからそんなえらそうな口をきくようになつたか。」と繰り返すので、被上告人はこれから布施署に赴く旨を再度述べて電話を切つた。
(6) 被上告人は、宮里との右論争から布施署における浜口との接見が妨げられるとの危惧を感じ、接見をめぐる紛争を予想して六法全書を携帯し、布施署に向つた。
(7) 一方、宮里は、浜口の捜査官である友田をはじめ各留置先の捜査員に対し、電話で、被上告人が来署したら、被疑者に再度弁護人選任の意思をただし(浜口はこれより先、捜査員に対し弁護人選任の意思のないことを表明していた。)、選任の意思を表明すれば、被上告人に対し捜査主任官が接見の指定をする旨説明するよう指示した。
(8) 被上告人は、午後四時三〇分ごろ布施署を訪れ、弁護人となろうとする者の資格において、友田に対し浜口との接見を求めたところ、友田は、「浜口は弁護人はいらないと言つている。」と答えたので、被上告人は、名刺の裏に簡単な文章を書き込んで友田に交付し、それを示してもう一度弁護人選任の意思を確かめてほしい旨依頼した。友田は、二階取調室に引き返し、浜口に被上告人を弁護人に選任するか否かを尋ねたところ選任の意思を表明したので、直ちにそのことを電話で宮里に報告するとともに、その旨被上告人に伝えた。
(9) そこで被上告人は、あらためて浜口との接見を申し入れたところ、友田は、浜口については接見指定になつていることを告げると共に、「指定書を持つていますか。」と尋ね、被上告人が「ぼくは持つていません。」と答えると、友田は、「そしたら指定書がなければ面会できませんよ。」と述べた。被上告人は、六法全書の刑訴法三九条の規定を示しながら、接見につき弁護人が指定書の持参を要求される筋合はなく、弁護人が指定書を捜査本部まで取りに行つてそれを持参しなければ面会できないという運用は、あきらかに刑訴法三九条に違反すると述べて、直ちに接見させるよう強く求めた。しかし、友田は、「捜査主任官の指定を受けてもらうか、あるいは指定書を持つてきて欲しい。」旨述べて、あくまで接見を拒否した。
(10) そこで被上告人は、あくまで浜口との接見を果たすため、二階取調室のある奥の方へ向つて歩き始めたところ、友田は、浜口を取調中のことでもありあわてて「おい、どこへ行くんだ、行つたらいかん。」と叫び、被上告人のあとを追いかけ、その行く手に両手を八の字にあげて立ちふさがり、更に被上告人が前進しようとするのを、両手を被上告人の胸にあてて、押すような態度をとつた。被上告人は、「弁護人選任書をとるだけであるから、五分間だけでいいから面会さしてほしい。」と頼んだが、友田は、「捜査主任官の指定を受けてもらうか、あるいは指定書を持つてこなければ会わせない。」との趣旨を述べながら、両手で被上告人の胸を突いたので、被上告人は「きみはぼくの接見交通権を妨害するのか。面会をさせろ。きみは暴力をふるうのか。」と大声で抗議したが、友田は「弁護士がなんじや。弁護士だといつて大きな顔をするな。」と叫びながら、被上告人の胸部付近を反覆突きをやつた。右紛争の過程において、被上告人は治療四日を要する左手背挫創の傷害を負つた。
(11) 友田は、二階に引き返し、防犯係室で、捜査本部の宮里に右の状況を電話報告し、取調室に戻つた。
(12) 一方、被上告人は、友田の立ち去つた後、しばらく庁舎内の公廨にいたが、やがて二階の取調室の前まで行き、引き戸越しに、「弁護士の杉山だ。浜口さんいるか。」と浜口に声をかけ、友田に対し、引き戸をたたきながら接見させるよう求めたところ、友田は引き戸をあけて出るなり、被上告人に対し強く階下への退去を求め、被上告人が容易に応じそうにないのをみると、被上告人の身体を押したり、あるいは階段の手すりにしがみついている被上告人を引つぱつて階下に降ろし、公廨に連れていつた。その際被上告人の胸時計の鎖がはずれて落ちた。
(13) 友田は、それから二階に引き返し、防犯係室から捜専本部の宮里に電話をかけ、右情況を報告した。
(14) 友田は、取調室に戻つたところ、当直責任者が呼びにきたので公廨におり、被上告人と椅子に腰をおろして再び接見について話し合つた。被上告人は、「五分でもいい、三分でもいい、選任書をとるだけだから会わしてくれ。」と申し入れたが、友田は、「とにかく会うことについては私一存ではいかないんだから、捜査本部の方に接見の指定を受けてくれませんか。」と述べ、結着がつかなかつた。
(15) そこで友田は、自ら捜査本部の宮里を電話に呼び出したうえ受話器を被上告人に差し出した。
(16) 被上告人は宮里に対して「指定書がなければ面会させないのか、これから枚岡署まで指定書を取りに来いというつもりか。君は接見を禁止する気か。」と繰り返し尋ねたが、宮里は、「接見を禁止するとは一言もわたしはいつておりませんし、事実接見禁止できるものではありませんよ。先程わたしがその時間を指定さしていただくべくしておるときどうしてじや切られたんですか。」と繰り返すばかりなので、被上告人は電話を切つた。
(17) 被上告人は、いつたん布施署を出たが、同日午後六時すぎごろ地元住民三名を伴つて再び布施署を訪れ、公廨受付の警察官に友田との面会を求めたところ、同警察官は友田主任が指定書を持つてこない以上会つても意味がないと言つている旨伝えた。そこで被上告人ら四名は、二階取調室に赴こうとしたが、被上告人を除く三名は、階段踊り場で隅元巡査に制止され、被上告人一人取調室の前に行き、「浜口さんいるか、がんばれよ。」と大声をあげたところ、友田は廊下に出て、「接見させないとは言つていないんだからそんなに強引に入つてきてもらつたら困ります。」と述べ、被上告人は「すぐ会う権利がある。とにかく会わせろ。」と言い、しばらく応酬していたが、友田は、やにわに被上告人の後ろから被上告人の両脇に自己の両腕を差し込み、完全にかかえあげて廊下を走り出し、階段中途の踊り場まで被上告人を連れ降ろすなり、そこにいた布施署員に向かつて「こいつを上にあげるな。」と命令して取調室に引きあげ、捜査本部の宮里に電話で情況を報告し、かつ、宮里自身来署するよう要請したところ、宮里からできるだけ早く行く旨の返事を得た。
(18) 一方、被上告人は布施署員に腕をつかまれたまま階下に降りたところ宮里から電話があり、同人が「あんた捜査を妨害するつもりか。」と言うので、被上告人が「いや妨害するつもりはない。いつたい指定書がなければ会わさんというふうにあくまで言うのか。」と述べると、宮里は「さつきなんで、電話切つたりしよつたんだ。」とくり返し言うので、被上告人の方から再び電話を切つた。
(19) 宮里は、午後七時三〇分ごろ布施署に到着し、関係警察官から事情聴取し、友田に対し被上告人が接見できるよう準備するよう命じた後、被上告人を署長室に招じたが、被上告人は論争が長びいて接見が遅らされるのではないかと危惧し、署長室に入ることを躊躇していた折から仲重弁護士が来署したので、同弁護士とともに署長室へ入り、被上告人から「指定書がなければ接見できないのか。」と問いただしたのに対し、宮里は「指定書がなければ面会できないということはない。枚岡署まで指定書を取りに来いと言つたことは一度もない。普通の場合は弁護人と電話で連絡して指定し、別に指定書を持参しなくともさしつかえない。ただ弁護人がたまたま捜査本部に来たときに指定書を渡すこともある。」旨答え、しばらく論争が続いたが、そのころ友田から接見の準備ができた旨報告があつたので、被上告人及びその場で選任手続をした仲重弁護士は、午後八時二五分から三五分までの一〇分間浜口と接見した。
原判決は、右のような事実を前提として、警察官友田には接見の日時を指定する権限はなかつたが、接見要求を捜査主任官に取り次ぎ、速やかに接見の日時の指定を受けてこれを被上告人に告知すべきであつたのに、友田には接見指定の手続をとる意思が全くなかつたものというほかはないから、接見を拒んだ同人の態度は違法であるとし、被上告人の弁護人としての接見交通権を侵害されたことによる上告人に対する慰藉料請求につき、金一〇万円の限度でこれを認容した(なお、被上告人の請求のうち、友田の名誉毀損、暴行を理由とする損害賠償請求について、原判決は、これを条件付訴であるから不適法であるとし、却下したが、被上告人はこれに対し不服を申し立てていないから当審における審判の対象とならない。)。
二ところで、憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留・拘禁されることがないことを規定し、刑訴法三九条一項は、この趣旨にのつとり、身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)の立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑訴法三九条三項は、捜査のため必要があるときは、右の接見等に関してその日時・場所・時間を指定することができると規定するが、弁護人等の接見交通権が前記のように憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむをえない例外的措置であつて、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではない(同項但書)。捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があつときには、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合せることができるような措置をとるべきである。
三これを本件についてみると、原審の確定した前記事実関係によれば、被上告人が年後四時三〇分ごろ布施署を訪れ、警察官友田に対し被疑者浜口との接見を申し入れた際には、友田は現に同人を取調中であり、また、当該被疑事件は、枚岡署に置かれた捜査本部が統一的に捜査を指揮し、内部的には、捜査本部の捜査主任官高井及びこれを補佐する宮里が接見の日時等についての指定権を与えられていて、布施署において浜口の取調べを担当していた友田にはこれが制限されていたというのであるから、かような場合における接見の日時等の指定は、それが前記の見地から見て合理的なものである限り、捜査主任官高井又は補佐官宮里の権限に委ねられていたものであつて、友田が被上告人に対し直接捜査主任官又は補佐官の指定を受けるよう求めたことは、被上告人にとつても権限ある宮里と直接協議して接見の日時等の打合せをすることができる便宜があり、また、これに伴う被上告人の負担は電話連絡の機会もあつたことであるから一挙手一投足の労ですんだものといわなければならない。そして前記の経過からすれば、友田は、被上告人に対し自分には指定の権限がなく自分の一存では決しかねると告げ、当初は指定書ということを口にしたが、すぐに捜査主任官の指定を受けてもらうか又は指定書を持つてきてもらいたいと言い直し、再度その旨を繰り返えして説明したのに、被上告人は終始指定書のことに拘泥して友田の言に耳を傾けず、宮里と被上告人との間でも両名が直接電話による対話の機会が二度もあつたにもかかわらず、両者間の感情が対立して無用の問答に終始し、宮里も被上告人が浜口との接見を要求していることを知りながら、被上告人と具体的な日時の協議をするにいたらなかつた。そして、被上告人は、友田に対しあくまで直ちに接見させるよう要求し、強引な実力行使の行動に出たものであつて、被上告人の右行為も紛争を深刻ならしめ、相当の時間を空費することとなつたことの一因であるといわなければならない(なお、被上告人は、浜口との接見まで約四時間を要したが、右時間のうちには、被上告人がいつたん布施署を退出して午後六時すぎごろ再び布施署に立ち戻るまでの時間も含まれている。)。また、当時、被疑者と弁護人等との接見をあらかじめ一般的に禁止して許可にかからしめ、しかも被上告人の接見要求に対して速やかに日時等の指定をしなかつた捜査本部の宮里の措置は違法といわざるをえないが、友田は原判決のいうとおり指定権の行使が制限されていたのであり、同人が再三再四宮里に電話で連絡したこと(前記一の(8)、(11)、(13)、(15)、(17)参照)は、まさに、被上告人の接見を求める強い要請を宮里に伝達したことにもなるのであつて、友田に接見指定の手続をとる意思が全くなかつた旨の原審の判断は相当でない。そうすると、友田が捜査主任官の指定のないことを理由に接見を拒んだとしても、この友田の行為を違法と評価することは相当でなく、友田の行為の違法を前提として、上告人に対して金一〇万円の支払を命じた原判決には法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽の違法があるものといわざるをえず、右違法は原判決中右部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点についてふれるまでもなく論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸盛一 岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)
上告代理人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫、同柳谷晏秀の上告理由
一、原判決には憲法の解釈に誤りないし違背があり破棄さるべきである。
(一) 憲法第一二条は国民はこの憲法が国民に保障する自由及び権利を濫用してはならない、と規定している。これは権利にはそれに内在する社会的倫理的制約があること、したがつて権利は絶対無制限なものではなく、自己の権利を尊重すると共に他の権利をも尊重すべき道義的責任が内在するのであつて、ことに権利と権利とが相剋する場合においては、そこに良識あるいは信義誠実の原則が働き両者の調整がはかられ、双方の権利は公平に保障されるべきことを規定しているのである。
そしてこの憲法一二条が、憲法第三四条に基礎を置く刑訴法第三九条の弁護人の接見交通権にも適用あることはいうまでもないところであり、ことに接見交通権と捜査権との接点においてはその調整機能として信義誠実の原則は充分に尊重せられ考慮されなくてはならない。
ところで本件について原判決は左の事実を認定している。
(1) 被疑者竹中愛和(註、同人に被上告人は同日接見した。註は上告人の記載したものである、以下同じ。)が原告(註、被上告人である、以下同じ。)を弁護人に選任する旨申し出たので、宮里……は、接見の指定について原告と協議する意図のもとに原告の執務する弁護士加藤充法律事務所に電話をかけたが通じなかつたため、さらに同弁護士の自宅に電話し、同弁護士の妻に逮捕された竹中が原告を弁護人に選任すると申し出ている旨および枚岡署にいる宮里に電話してもらいたい旨を原告に伝えてもらうことを依頼した。(一審判決理由二の(二))
(2) 原告は……加藤弁護士宅に電話をかけ、同弁護士の妻から逮捕された地元住民三名の氏名、留置先の警察署それに枚岡署の宮里に電話してほしい旨の前記の伝言を聞いた。(〃二の(三))
(3) 原告は同日三時三〇分ごろ宮里に電話をかけ、被逮捕者三名の氏名、留置先、罪名を確認し、宮里が「どこからまわれますか。」と尋ねたので、「とにかく布施署からまわらしていただきます。これから行かしてもらいますからよろしく御連絡願いたい。」と言つたところ、同人は「先生接見は結構ですが指定書がないとあきまへんで。」と言つたことから、弁護人の被疑者接見について指定書持参要求の当否をめぐり、論争となつた。……中略……原告はこれから布施署に赴く旨を再度述べて電話を切つた(〃二の(四))
(4) 原告は宮里との論争から布施署における浜口との接見が妨げられるとの危惧を感じ、情況によつては大阪地方裁判所の裁判官から接見勧告をしてもらおうと考え、令状部に電話をかけ、裁判官の在庁時刻を問い合わせたところ、午後四時三〇分までしかいないとのことだつたので、その時刻まであまり時間もないところから、やむを得ず電話を切り、接見をめぐる紛争を予想して基本六法を携帯し、布施署に向つた。(〃二の(五))
(5) 一方、宮里は、浜口嘉男の取調官である友田をはじめ各留置先の捜査員に対し、電話で原告が来署したら、被疑者に再度弁護人選任の意思を質し、(浜口はこれより先捜査員に対し弁護人選任の意思のないことを表明していた。)(註、上の括孤内は二審判決理由一項により挿入)選任の意思を表明すれば、原告に対し捜査主任官が接見の指定をする旨説明するよう指示した。(〃二の(五))
(6) ……しかし、友田は「捜査主任官の指定を受けてもらうか、あるいは指定書を持つてきてほしい」旨述べて、あくまで接見を拒否した。(〃二の(六))
(7) そこで原告はあくまで浜口との接見を果すため、二階取調室のある奥の方へ向かつて歩き始めたところ、友田は浜口を取調中のことでもありあわてて「おい、どこへ行くんだ。行つたらあかん。」と叫び、原告のあとを追いかけ、その行く手に両手を八の字にあげて、立ちふさがり、さらに原告が前進しようとするのを、両手を原告の胸にあてて、押すような態度をとつた。原告は「弁護人選任書をとるだけであるから、五分間だけでいいから面会さしてほしい。」と頼んだが、友田は「捜査主任官の指定を受けてもらうか、あるいは指定書を持つてこなければ会わせない」との趣旨を述べながら、(同上)
(8) 友田は二階に引き返し、防犯係室で、捜査本部の宮里に右の状況を電話報告し、取調室に戻つた。(〃二の(七))
(9) 一方原告は友田の立ち去つた後、しばらく庁舎内の公廨にいたが、やがて二階の取調室の前まで行き、引き戸越しに、「弁護士の杉山だ。浜口さんいるか。」と浜口に声をかけ、……(同上)
(10) 友田はそれから二階に引き返し、防犯係室から捜査本部の宮里に電話をかけて、右情況を報告し、(〃二の(八))
(11) 取調室に戻つたところ、当直責任者が呼びにきたので公廨におり、原告と椅子に腰をおろして再び接見について話し合つた……が、友田は「とにかく会うことについては私一存ではいかないんだから、捜査本部の方に接見の指定を受けてくれませんか。」と述べ、結着がつかなかつた。(同上)
(12) そこで友田は、自ら捜査本部の宮里を電話に呼び出したうえ受話器を原告に差し出した。(同上)
(13) 原告は宮里に対して「指定書がなければ面会をさせないのか、これから枚岡署まで指定書を取りに来いというつもりか。君は接見を禁止する気か、」と繰り返し尋ねたが、宮里は「接見を禁止するとは一言もわたしはいつておりませんし、事実接見禁止できるものでもありませんよ。先程わたしがその時間を指定さしていただくべくしておるときどうしてじや切られたんですか」と繰り返すばかりなので、原告は電話を切つた。(同上)
(14) そこで原告ら四名は、二階取調室に赴こうとしたが、原告を除く三名は階段踊り場で隅元巡査に制止され、原告一人取調室の前に行き、「浜口さんいるか、がんばれよ。」と大声をあげたところ、友田は廊下に出て、「接見させないとは言つていないんだからそんな強引に入つてきてもらつたら困ります。」等と述べ、原告は「すぐに会う権利がある。とにかく会わせろ。」と言い、しばらく応酬していたが……取調室へ引きあげ捜査本部の宮里に電話で情況を報告し、且つ宮里自身来署するよう要請したところ宮里からできるだけ早く行く旨の返事をえた。(〃二の(九))
(15) 一方原告は布施署員に腕をつかまれたまま階下に降りたところ、宮里から電話があり、同人が「あんた捜査を妨害するつもりか。」と言うので、原告が「いや妨害するつもりはない。いつたい指定書がなければ会わさんというふうにあくまで言うのか。」と述べると、宮里は「さつきなんで、電話を切つたりしよつたんだ。」とくり返し言うので、原告の方から再び電話を切つた。(同上)
(16) 宮里は午後七時三〇分ごろ布施署に到着し、関係警察官から事情聴取し(友田に対し被控訴人が接見できるよう準備することを命じ)(註、上の括孤内は二審判決理由一項により挿入)た後、原告を署長室に招じたが、原告は論争が長びいて接見が遅らされるのではないかと危惧し、署長室へ入ることを躊躇していた折から仲重弁護士が来署したので、同弁護士とともに署長室へ入り、原告らから「指定書がなければ接見できないのか。」と問い質したのに対し宮里は「指定書がなければ面会できないということはない。枚岡署まで指定書を取りに来いと言つたことは一度もない。普通の場合は弁護人と電話で連絡して指定し、別に指定書を持参しなくてもさしつかえない。ただ弁護人がたまたま捜査本部に来たときに指定書を渡すこともある」旨答え、しばらく論争が続いたが、その頃友田から、接見の準備ができた旨報告があつたので原告およびその場で選任手続をした仲重弁護士は午後八時二五分から三五分までの一〇分間浜口嘉男と接見した(〃二の(一〇))
即ち右(1)(2)(5)(6)(8)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)によつて原判決が認定した事実によつても明らかなように、組織捜査をしている捜査本部の宮里と布施署において被疑者浜口の取調べを現に行つている友田とが一体となつて、被上告人に対して誠実に接見指定をなすべく情況を密に連絡をとりつつ、一方被上告人に対しても指定せんための話し合いをなすべく、(被疑者竹中関係の指定をも含めて)宮里は直接被上告人の勤務先である加藤充弁護士事務所、同弁護士の自宅に、または布施署における被上告人に対して電話し、終には容易に対話に応じない被上告人に直接会つて話し合いを遂行するために、他の拘束中の被疑者との関係もあつて組織捜査の必要上容易に離れ難い捜査本部を一時離れて布施署に出向き指定書などに関するしばらくの論争の後、折柄友田の取調べの都合ともかみ合つて、被上告人をして被疑者浜口と接見せしめる運びとなり、また友田は一捜査員に過ぎない自分が指定することはできないことと、指定書は必要でないことを繰り返し説明しながら捜査本部にいる捜査主任から指定を受けてくれと伝え、容易に応じないため自ら本部の宮里を電話に呼び出して、その受話器を被上告人に手渡し終には宮里の来署を要請して話合いの結着をつけようとまでしているのに、その間に被上告人のなしたことは、前記(3)(4)(7)(9)(13)(14)(15)に明かなように、宮里との電話は殆んど話合いをなさずして全部一方的にこれを切り、友田が繰り返し勧めている本部からの指定を受けようとせず、只管に捜査員の制止をも排除しつつ、何回も自力で面接を遂行しようと試み、取調べの妨害をしたことが明かなのである。凡そ逮捕拘束中の被疑者との接見について捜査官が接見指定の意思を表明し、そのための協議を求めている場合には、指定書の必要であるか否かとか、捜査主任官でない友田も指定権を有するか否かとかは暫く措き、捜査官との指定前の協議に応ずる義務は、弁護権と捜査権との接点において求められる信義則上からして、当然認められるべきである。
若しその話合いで不当な点があれば準抗告等自ら執るべき法律手段があるのであつて、弁護権を尊重するにしてもそこに内在する社会的制約ないしは相手方たる捜査官憲に対する信義則から言つても、自力をもつて接見を遂げることに狂奔することは許されない。若しこれを敢行するにおいては法律家としての品位もさることながら、法律上も権利の公平なる調整をはかることを狙いとした憲法第一二条の規定に違背するものであつて、公共の福祉のために利用するものではなく、明かに弁護権の濫用である。
況んや後述する如く原判決の認定した宮里や友田と被上告人との前記応答に際しても、大阪府警の接見の実際には指定書を必要としないことは極めて明確に誠実に伝えられているのであり、本件の場合友田が指定すべきでなく、捜査主任官が指定すべき法令上の根拠があり、このことは弁護人もまた拘束受くべきものであることも後述する通りであるが、これらのことを詮索するまでもなく、原判決認定の通り、宮里と友田とは接見指定をなすべきその話合いをしようと、しかもその方法としては宮里を通じて指定しようとするものの、被上告人に対して時間、労力の両面は勿論その他の面でも殊更の負担をかけないで、電話で数分の話合いに応ずれば足りるという方法で繰り返し努力したに拘らず、(註、被上告人が話合の相手に友田を選び、宮里を相手とすることを拒否する法律上何等の理由もないのである。)被上告人においてはこれを一方的に回避して、反つて自力をもつて被疑者との接見を遂げることにのみ狂奔したものであるから、被上告人の右所為が、憲法一二条の権利の濫用に当ることは多言を要しないのであり、公共の福祉に添うたものでもないのである。
果して斯く解するならば、本件トラブルの原因はあげて右被上告人の所為に帰するものと断ぜざるを得ないのに原判決はこの点についての配慮をなさず、また何が故に接見の指定が遅れたかの理由についても右の如き検討をもなさず、唯接見指定のなかつたことのみを捉えて友田の違法と判示しているが、これは憲法第一二条を無視した憲法の誤れる解釈であり、又は同条に違背した判示である。
(二)憲法第一三条は国民の権利については、公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする、と規定している。この規定は、立法の際成文法もこの規定に従い特定の個人の権利を尊重すると共に、他の多くの権利をも同様尊重して立法しなくてはならないことを意味するものであつて、このことは、その配慮をもつて成立した法律であるから、その解釈適用する際にも、当然の帰結として、特定の個人の権利は尊重しなくてはならないが、そこには同時に社会的倫理的な制約があつて、多くの他の権利に対し、或は相手方の権利に対しても良識と信義誠実の原則が働いて公平にその間の調整を遂げる如くに解釈適用しなくてはならないものと解すべきものとする。
ところで原判決は「友田には接見指定の手続をとる意思が全くなかつた」として「指定のための合理的時間につき考慮するまでもなく、接見を拒んだ友田の態度が違法である」と判示し、上告人がつとに主張する事前協議の慣行とその必要性、及び本件における接見指定遅延の原因は、被上告人のこの協議の回避と自力により接見を遂げようとしたことにあるとの点について「本件の場合が……事前協議を必要としない場合であることは明らかである。」と判示しているのであるが、これは刑訴法第三九条を解釈適用するに当り憲法第一三条を無視しているものであつて憲法の同条の解釈を誤り、又は同条に違背した判示である。即ち、
前記(一)に列挙の原判決認定の各事実によれば、友田は現に浜田を取調べ中であつて捜査本部の宮里に対して度々その状況を被上告人の前記妨害の事実と共に電話報告しているのであり、捜査本部に対しては他の被疑者を分担取調べている捜査員からもその状況を逐一報告されているのであつて、他の取調べの進行状況によつては一方的に指定することによつて被上告人に布施署において長時間待つてもらうより、他の分置署に先に行つて接見してもらう必要があるかも知れず、協議の必要性は決して薄れておらず、それにもまして大阪府警において一般に行つている話合いの方法を実行すれば、友田はその取調べを妨害されることなく、また多年大阪府警が実践して殆んど定着しているこの話合いの方法を被上告人を含む大阪府警関係において接見をなす全弁護人に納得理解して貰うことは、すべての接見において弁護人側にも捜査官憲側にも色々の障害故障を未然に防ぎ、面接を円滑に進捗させるものであつて、それこそ将来永久に多数の弁護権と共に捜査権をも尊重することとなるものである。
凡そ刑訴法第三九条の如く弁護権と捜査権とが相対立する場合においては、色々の具体的な場合を悉く予想してこれに適合する如き法令を成文化することは技術的に不可能と考えられるだけに、その相対立する法条の間隙は双方当事者の道義的な良識によつて、その都度話合つてこれを処理するの他に方策はないのであつて、その実績を積み重ねてその間隙を埋めることこそ最も望ましいことであり、これに当る法曹当事者はその熱意をもつて等しく対処すべきものと考えられる。
斯く考えるとき、原判決の前記判示は特定の弁護権を尊重するやに見えて、その実は特定弁護人の恣意専断に発した弁護権の濫用を将来を含めて多数の弁護権と捜査権との犠牲において尊重することを慫慂するものであつて憲法第一三条の解釈を誤り又は同条に違背するものである。
二、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があり破棄さるべきである。
(一) 原判決は刑訴法三九条について「捜査員が弁護人から接見を求められた場合……捜査員としては接見要求を捜査主任官に取次ぎ速やかに接見日時の指定を受けてこれを弁護人に告知すべきであり、この手続をとらない以上接見を拒み得ない」と判示する。この点について一審判決は捜査員が自ら右の指定権を行使すべきであるとしており、原判決が一審判決の判断を引用しながら前記のごとく判示することにいささかの矛盾を認めざるを得ないが、原判決の右判示はその限りにおいて一審判決の判断を訂正したものとみるとしても、なお右判示は刑訴法三九条の解釈を誤つたものである。すなわち右の原判決の解釈は、捜査官の一方的な接見指定のみを認め、捜査官が接見指定に際し事前に弁護人と協議し弁護人の都合をも考慮するとの長年大阪府警において培われてきている慣行、弁護人にとつても望ましい慣行を全く無視し、これの考慮を欠くものであつて不当な解釈である。捜査官が原判決判示のごとく弁護人の都合等を無視して一方的な指定をすることはむしろ捜査官にとつてはたやすいことであるが、しかしこのような接見指定を常時行えば弁護人の権利を損うことが多く、これをめぐる紛争も多くなることはみやすいところである。それだからこそ、大阪府警においては可能な限り事前に弁護人と連絡をとり打合せを行つて接見指定をしているのであり、そのこと自体望ましい処置であつて、これを接見指定の解釈上考慮しないことは許されないものというべきである。
本件においても、宮里は「接見指定について被上告人と協議する意図のもとに」電話をかけ、その協議をなそうとしており(前記一、(一)(1))、又友田も最初に被上告人と問答した際、捜査主任官の指定を受けてもらいたい旨を被上告人に告げ(同(6))、さらに宮里に電話をかけてこれを被上告人に手渡す(同(11)(12))など従前からの扱いに則り協議の上弁護人の納得のもとに指定する努力を重ねてきたのに対し、被上告人は指定をうけまいとして協議に応じようとしなかつたのである。これら捜査官の努力とそれに対応する被上告人の態度を全く考慮せずに「指定をしなければ接見を拒み得ない」との単純な解釈にて本件を評価した原判決は刑訴法三九条の解釈を誤つたものといわざるを得ず、この違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(二) 原判決は、接見指定権を捜査主任官に専属せしめることを定めた被疑者留置規則二九条は捜査官憲内部の規律にとどまり弁護人を拘束するものではない、と判示する。
しかしこの規則は警察法七九条、同法施行令一三条の規則制定権に基き国家公安委員会が制定したものであり、仮りにこれが内部規律としても、その拘束力は弁護人に対しても認められるべきであつて、捜査主任官の方で直接接見指定するとの意思が表明された限り弁護人はこれに応ずべきである。このことは下級裁判所事務処理規則の定める事務分配に第三者が拘束されることと対比すれば明らかである。それを内部規律にとどまり弁護人を拘束するものでないとした原判決の解釈は誤まれるものであり、この違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
三、<省略>